2025.7.20「被造物の呻きに耳をすます」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙8章18~25節

 「被造物は虚無に服している」とパウロは語ります。創造主なる神によって造られた「被造物」、その全ては神の意志によって「虚無」に服していると言うのです。「虚無」を辞書で引きますと、1 何物もなく、むなしいこと。空虚。2 この世に存在するすべてのものに価値や意味を認めないこと。3 虚心であること。4 無限の宇宙。大空。虚空 (こくう) 。5 古代中国の老子の哲学で、万物の根源・本体は、はかりがたく無であるということ。(デジタル大辞泉より)
 見上げる空、広がる大地、森の木々、動物たち、海の魚、さらに、私たちもまた「被造物」です。それら全ての「被造物」が「虚無に服している」のだとパウロは言う。意味や価値を見いだせない。何のために生まれて、何のために生きるのか、それを見出だすことができない、この世は空しい、この世ははかない、全ての命に意味があるのか、考えれば考えるほど、堂々巡りをしてしまう。人間とは、生きていく上でそうした「問い」を持つ存在であるとも言えるでしょう。そしてそれは、人間だけ特有の「呻き」ではないようです。