2025.8.24「神に選ばれた者たちの声」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙9章1~18節
今朝の聖書で「神は御自分が憐れみたい者と思う者を憐れみ、かたくなにしたいと思う者をかたくなにされる。」とあります。事のすべては、神の主権の内にある。という事なのですが、このように聞きますと、どこかスッキリとしないと考えないでしょうか。こっちの人は憐れむが、あっちの人は憐れまない。そんな神さまが「えこひいき」をなさる方では困る。神さまは、良い者の上にも、悪い者の上にも恵みの雨を降らせてくださる、そのような方であるはずでないでしょうか。これまで学びましたように、神は全ての人に分け隔てなく、恵みの福音を示された。イエス・キリストの出来事は、まさに全てを超えた神の愛の出来事であります。しかし、同時に「選び」という点においては、神さまは「えこひいき」をされる。この人を選びあの人は選ばない、そういう事が起こる。しかし、その「選び」は優越感に浸ることができる「選び」ではない。圧倒的に小さく、弱いイスラエルを選ばれる。その「選び」の基準をあえて言うのなら、痛みの共感から、憐れみたい者を憐れみ、それが、「神の選び」であると言えるのではないでしょうか。


