2025.9.28「石の叫び・イエスの嘆き」宣教 三上梓 ルカによる福音書19章37~44節

 イエスがエルサレムに入場したとき、群衆たちから大喝采を浴びました。その様子を見たイエスの弟子たちは、「王に祝福あれ、天に平和あれ、いと高きところに栄光あれ」と讃美の声を上げました。事態を面白く思わなかったファリサイ派は、弟子たちを黙らせるようにイエスに要求しました。「弟子たちが黙ったとしても、(その時は)石が叫び出す」と答えたイエスは、都を目にして涙を流しました。「もしエルサレムが平和への道をわきまえていたならば、、、」というイエスの言葉がずっしりと重く響きます。 石の叫びとイエスの嘆きは共鳴している。現代の世界を見ながら、そのように思えてなりません。社会の中で沈黙させられている人たちがいます。声を奪われたとしても、石が叫ぶのだ。路傍の石が声を上げている。敷かれた石畳の一つ一つが、投げ捨てられた石ころの一つ一つが、粉砕された石の一欠片が叫んでいる。そのメッセージを、しっかりと受け止めたいのです。私たちは、石の叫びを聞くことができているでしょうか。主イエスの涙と嘆きを、思い巡らしつつ読み深めていきましょう。