2025.10.19「イエスの論理」宣教 三上梓 マタイによる福音書20章8~15節
マタイ福音書の20章には「ぶどう園のたとえ」というたとえ話が記されています。朝から労働した人も、昼から労働した人も、夕方に駆け込んで1時間ほど過ごした人も、園の主人から一律に1デナリオンの賃金をもらうという物語です。「朝から働いたわたしたちと、夕方に来たこの人を同じく取り扱うとは・・・」と、朝から働いた者たちは口にしています。皆さんがシナリオライターであったなら、この「~同じく取り扱うとは・・・」の後に、どのようなセリフを用意しますか?人間社会の論理・辻褄からみれば、こんなに理不尽なこと、不公平なことはない!「ずるいです!」と思わず言いたくなります。 しかし、マタイ20章は「神の国」の世界観を「たとえ話」の形で表現するエピソードなのです。パウロは、「わたしたちの本国は天にある」(フィリピの信徒への手紙3:20)と語ります。わたしたち・教会に集う者にとって、「天の国/神の国」とは、一体何なのでしょうか。イエス・キリストが示す論理、主にある辻褄について、ご一緒に考えましょう。


