2025.11.16「教会~神に呼び出された共同体~」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙12章9~13節
「人を大切にすることに、裏表はありません。あなたたちは、威圧的なことを毛嫌いし、人に親身に関わることにこだわりなさい。互いに仲間としての思いをだいじにし、尊敬をこめて相手を自分の指導者と思いなさい。緊急なことを前にしたなら躊躇することなく、霊に燃えて、主に徹底して仕えるのです。救いを確信して喜びを忘れず、弾圧にはめげずに立ちつづけ、祈りをもって期待しつづけなさい。『聖なる者』たちの乏しさを仲間として分け合い、『よそ者』へのもてなしに真剣に努めなさい。」(本田哲郎訳「ローマ人々への手紙」12章9~13節) パウロは、共同体を「一つの体」に例え、体には手や足、目や口があるように、それぞれは「体」を構成する大切な働きだと語ります。それは「教会」という共同体のあるべき姿であり、そこに集う一人ひとりが、神より呼び集められた「部分」であることでしょう。では、神は「どこに」私たちを呼び出し、そこで「何」を目的として、共同体を形成していけば良いのでしょうか。


