2024.11.3礼拝「神を知る 」宣教 水野 英尚 ローマの信徒への手紙1章18~23節
「なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。」(ローマの信徒への手紙1章19節) 私たち人間は、雄大な自然界の中で、人知を超えた神秘さや神々しさに感動し胸を打たれ、神を感じることがあります。大自然の中で、そこにある超越的な存在、聖なるものに触れるような感覚、どのような人の中にも実際に起こりうることであると思います。ですから、ここでパウロの言葉は、キリスト者でなくても、一般的に多くの人が理解できることであるのではないでしょうか。世界的に季節の節目である四季の豊かな日本の国は、そうした自然信仰「アニミズム信仰」、自然界のあらゆるものの中に、神が居られ、それを崇めるという文化が、深く根付いた生き方をしてきたわけですから、このようなパウロの言葉は、すんなり心に響くように思います。しかし、「神を知る」とはそのようなこととは、違うように思います。


