宣教
2025.6.8「罪を知る、それでも生きる」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙7章7~14節新着!!
パウロは、「わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのな […]
2025.6.1「新しい生き方で仕える」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙7章1~6節新着!!
ローマの信徒への手紙7章でパウロは、「兄弟たち」と、親しみを込めて書き出します。それは、ユダヤ社会にありながら、「律法」という呪縛を背負い生きてきた「同志」に向かって語りかけるように思います。。しかし、同時に「律法」は、 […]
2025.5.25「神の賜物~永遠の命とは~」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙6章15~23節新着!!
人生には、喜びもあれば悲しみもあります。私たちには、それを操作することが出来ません。旧約聖書の「コヘレトの言葉」には、そこには定められた「時」があると伝えます。そして、神は人間の思いを超えていることを、人間は自らで知るこ […]
2025.5.18「この岩の上に」宣教 三上梓 マタイによる福音書16章13~20節新着!!
「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」というイエスの言葉は、教会の原点であり始点となるメッセージです。第267代のローマ教皇が選出された歴史的な場面に立ち会っている私たちは、教派の違いを超えて、教会の歴史に連なり、 […]
2025.5.11「あなたの王座に誰がいますか」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙6章12~14節新着!!
ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が先月亡くなったことを受け、バチカンでは先週、新しい教皇を決める選挙「コンクラーベ」が行われ、世界各国のメディアで大きく報道されました。教皇に次ぐ地位にある「枢機卿」の中から、総勢 […]
2025.5.4「いのちの新しさに歩む」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙6章1~5節新着!!
聖書が語る「罪」とは、「神」が無くても生きられると振る舞うことだと思います。自分の「命」なのだから、自分の好きにして良い、それが的を外した生き方であり「罪」です。パウロは、そのような人間の姿を「罪に支配された体」だと言 […]
2025.4.27礼拝「復活のイエスに遣わされる」宣教 三上梓 ヨハネによる福音書20章19~23節
先週の礼拝では、イエス・キリストの復活を覚えたイースター礼拝を守りました。復活したイエスは弟子たちの真ん中に立った、とヨハネ福音書は記しています。「弟子たちの真ん中」という表現から、状況から、わたしたちは多くのことを思 […]
2025.4.20イースター礼拝「いのちの新しさに歩む」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙6章1~5節
かたえキリスト教会は、バプテスト派に属する教会です。その名の通り「バプテスマ」を大切にし、一人ひとりの信仰告白によって、教会が「バプテスマ」を行ってきました。そうした中でもその形、すなわち「浸礼」(全身を水に沈める)と […]
2025.4.13礼拝「一人の人ともう一人の人」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙5章12~21節
私たちにとって、自分と意見が違う人、生活習慣が違う人、障がいの有無、性的思考が違う人、国籍が違う人、文化が違う人、宗教が異なる人、そうした様々な違いによって、無意識に「敵・味方」という構図が生まれます。そこで、あからさ […]
2025.4.6礼拝「和解の今を歩む」宣教 水野英尚 ローマの信徒への手紙5章9~11節
ローマの信徒への手紙の学びの中で、これまで繰り返し語ってきましたが、手紙の5章の冒頭で、パウロは「神との間に平和を得ている」と言っています。ここでの「平和」とは、心の安らぎがあるとか、不安や恐れのないとか、争いごとがな […]